台湾と日本の交流を文化で紡ぐアートイベント「Taiwan Now」。そのクライマックスを飾ったのが日台共同の創作劇「アフロディーテ 〜阿婆蘭(アポーラン)」。12月25日に高雄の衛武営国家芸術文化センターで開催されたのですが、その一日前に記者や関係者へのお披露目会にお招きいただきました。
「アフロディーテ 〜阿婆蘭」は、台湾の伝統劇である「歌仔戲(ゴアヒー)」に現代芸術の要素を加えたもの。歌仔劇は「台湾オペラ」とも言われ、道教寺院の前で神様の生誕祭の時などに催されています。今回は現代芸術作家のやなぎみわ(柳美和)さんが劇本と演出を担当し、これまでにない歌仔戯の世界が創り上げられていました。
演じるのは、台湾南部に拠点をもつ「秀琴歌劇團」と「春美歌劇團」と「明華園天字戲劇團」の三大劇団。いずれも人気の高い劇団であるため、一年のほとんどが公演で埋まっているそうです。今回は総監督である台湾文化基金会の董事長、林曼麗さんが長年懇意にしていたことから、夢のようなコラボレーションが実現したそうです。
また、国際的なプロジェクトではつきものだと思いますが、言語面でも大変な労力を要したそうです。歌仔戯ではホーロー語(台湾語)の文語が用いられており、台湾の人でもホーロー語を日常的に使用していない人たちにとっては難しく感じるそうです。このため、舞台の脇に字幕が設けられていることもあります。
今回はやなぎさんが書いた日本語の脚本を劇作家の王友輝さんがホーロー語の脚本に翻訳し、さらに歌詞へと書き換えています。そしてホーロー語の脚本をやなぎさんに確認してもらうため、歌詞を日本語へ訳すという作業を繰り返したそうです。
台湾では戦後に中国語(北京語)が公用語とされ、ホーロー語は学校や公共の場では話すことが禁止された時代があります。王友輝さんは「歌仔戯の抑揚のある歌声の美しさ、そして長らく軽視されてきたホーロー語文学の美しさを強調した」と語っていました。実際にステージで歌い上げられたホーロー語歌曲は、歌詞の内容は分からずとも、迫力あり、胸に迫るものがありました。
さて、演目についてですが、「アフローディーテ」とは、かつて台東の沖にある「蘭嶼」の山中に咲いていた白い胡蝶蘭のことだそうです。台湾では発音が似ていることから「阿婆蘭(アポーラン)」と呼ばれています。現在、私たちがよく目にする胡蝶蘭は人工的に交配されたものであり、野生種はすでに幻の存在となってしまっています。
やなぎさんは台湾の民俗文化や自然に魅せられ、20年以上、台湾に通い続けており、実際に原生種の蘭を調べるため、蘭嶼まで足を運ばれたそうです。今回は新型コロナ禍の中、隔離期間を経て台湾で演出指導をしていましたが、お母様のご病気のため、公演を見られずに帰国。リモートで最後の最後までやり取りを続け、公演の成功を見守っていたとのことです。
今回の物語の舞台は、多様な花が咲き誇り、自然とともに原住民族が暮らす美しい島。ここへ蘭の調査をしている人類学者の森さん(森丑之助と想定されます)と植物学者の林さんが訪れるところから始まります。林さんがひそかに「阿婆蘭」を研究室へ持ち帰り、大きな花に改良することに成功。そこへお金に目がくらんだ商人が現れ、「阿婆蘭」の遺伝子が複製され続けることに...。最後には、クローン蘭が合唱する中、野生の蘭の小さな声ががき消されていくという物語です。
「人間の欲と自然摂理の破壊」、「クローンが本物を淘汰する危機」など、様々なメッセージが込められているように感じましたが、同時に台湾という土地についても考えさせられました。
台湾は歴史的に幾度も異民族の支配を受けてきましたが、人々の根っこにある部分は変わりません。そして、多様な文化の影響を受けながらも自分たちの文化を作り上げていく柔軟性やたくましさがあります。これに改めて気づかせてくれる舞台でした。まさに今回の創作歌仔戯そのものがその表れとも言えそうです。
最後のフィナーレでは演者たちが明るく楽しく踊りながら登場。台湾の人たちの力強さやパワフルさが伝わってきて、胸の奥が熱くなりました。
なお、本公演のプロジェクトはコロナ前から始まっており、本来は東京オリンピックの開催に合わせ、東京駅前の広場で公演される予定だったそうです。非常に残念ですが、またいつかその日が来ることを願ってやみません。
最後にお知らせですが、「アフロディーテ 〜阿婆蘭」は1月8日までYouTubeにて無料配信(日本語の字幕付き!)されます。年末年始のお休みに、ぜひご覧になってみてください。
日本語パンフレットはこちらです
https://issuu.com/taiwannow/docs/taiwan_now_aphrodite_jp