片倉真理の台湾探見

日々の取材体験や日常の出来事を綴りながら、台湾の魅力を分かち合いたいと思います。

台湾のトップシェフ、アンドレ・チャン氏が表現する青森の魅力。

台湾のカリスマシェフ、アンドレ・チャン氏が率いるファインダイニング「RAW」と青森県のコラボ、「青森周」が本日(12/15)から18日まで4日間のみ開催されています。メディア向け試食会へご招待いただいたので、リポートしたいと思います。

アンドレ・チャンさんとリンゴのシャツを着てニッコリ笑う三村知事。

記者会見では青森県三村申吾知事も登場。特産品であるリンゴやブランド米の「青天の霹靂」、山芋、牛蒡などのTシャツを重ね着されていましたが、会見中に一枚一枚脱いでいき、場は大盛り上がりでした。まさに「トップセールスとは何たるか」を目の当たりにした瞬間でした。


知事によれば、青森の方言では驚いたときや嬉しいときに「ロー」という言葉で表現するとのこと。奇しくもレストランの名前も「RAW」。このため、何度も何度も「ロー」と叫ばれていました。


4年前に始まった「青森周」はアンドレさんが青森を旅し、その魅力を料理で表現するという企画。この二年間はコロナ禍であったため、オンラインで交流。今年は久しぶりに現地を訪れ、青森の魅力を再発見されたとのこと。入り口には「リ:ディスカバー(RE:DISCOVER)」と書かれた暖簾が掲げられていました。

息の合ったお二人でした。

「青森周」のテーマは毎年異なりますが、今回は「reduce」、「recycle」、「rethink」という青森の暮らしに根付くサステナビリティ(持続可能性)に注目。「食材」、「環境」、「創意」、「文化」、「産業」、「工芸」、「生活」といった7つの切り口から7品の料理とデザートで表現されていました。青森では豊かな自然や伝統工芸を守るため、様々な創意工夫、努力が続けられているとのことで、アンドレさんは唯一無二の場所と感じているそうです。

特に印象的だったのは「お野菜クレヨン」をモチーフにしたミネストローネ。青森では見た目が悪い廃棄処分されてしまう野菜を再利用して、環境に優しいクレヨンを作る取り組みが行なわれているそうです。

アートのように美しい料理。紫蘇、牛蒡、山芋、トマト、トウモロコシ、葱などの野菜を使って再現しています。

そのほか、津軽地方に伝わる工芸「こぎん刺し」をイメージしたカシスソース和えの牛肉料理や郷土料理の「すしこ」や「きんとん」の要素を取り入れた料理なども。

カシスの甘酸っぱさが食欲をそそります。

菱形の模様が入った「こぎん刺し」の刺繍。こちらはカシスで染めた糸が用いられています。

特産品であるホタテ特産品であるホタテは北海道に次ぐ生産量とのことで、ホタテの殻の再利用に力を入れているそうです。このお皿だけでなく、お箸もホタテの殻の粉を用いたものでした。

ホタテの下は下北半島の伝統保存食であるジャガイモを用いた「かんなかけいも」です。

八戸の縄文文化から発想を得たという料理は、キノコやクルミなどを炭火焼きや燻製にしたもので、甘さとほろ苦さが混じり合い、味わい深い逸品でした。

アンドレさんは八戸では朝市できのこのスープを味わい、その後、「是川縄文館」で縄文時代の人たちがキノコを食べていたことを知り、1万5千年前の人たちと自分たちが繋がっているということに感銘を受けたとのこと。八戸での一日は特に忘れらない思い出になったそうです。 

縄文時代の食事からインスピレーションを受けた料理。

さらに青森が誇るブランド米「青天の霹靂」を用いた料理も。これは人工衛星で撮影された水田の画像やアプリを使って栽培されていますが、アンドレさんは「人口が少ない土地で、最先端の技術を駆使し、最高品質のお米が作られているなんて素晴らしいですよね」と、大絶賛されていました。
さらに青森が誇るブランド米「青天の霹靂」を用いた料理も。これは人工衛星で撮影された水田の画像やアプリを使って栽培されていますが、アンドレさんは「人口が少ない土地で、最先端の技術を駆使し、最高品質のお米が作られているなんて素晴らしいですよね」と、大絶賛されていました。

パリパリに揚げられたお米の中にタコが入っています。
デザートは白神山地のブナの森やリンゴ農園をイメージしたもの。アップルパイやコーヒーアイスのほか、ブナの年輪をイメージしたというバタフライクッキーが添えらえていました。

ご存知の通り、白神山地はブナの原生林で知られている世界遺産ですが、雪解けの水がブナの樹でろ過された後、リンゴ農園の灌漑に用いられ、さらにリンゴの木の枝が炭になり、炭火焼きコーヒーに用いられているとのこと。コーヒーには白神山地の水が用いられており、素晴らしい循環システムになっているそうです。

ブナの年輪を表した器とアップルパイ。
このお皿はブナの天然林を有効利用するために開発された工芸品ブランド「BUNACO」のもの。アンドレさん自身もお皿づくりを体験されたそうです。

アンドレさんのサインが入った「BUNACO」のお皿。
同じテーブルにアンドレさんの旅をアレンジされた青森県庁の観光課の方がいらっしゃったので、アンドレさんとコラボするようになったきっかけを伺ったところ、「八年前に青森の物産を紹介する企画で色々な国のシェフを招いたのですが、アンドレさんが最も情熱があり、青森への愛が感じられた」とのことでした(素晴らしい!)。
彼女によれば、青森は人口減少や少子高齢化など様々な課題を抱えているものの、それらを解決するためにみんなで協力し合っており、ライフスタイルそのものがサステナビリティとのこと。アンドレさんにこのことを一番伝えたかったそうですが、この日、料理を味わい、自分たちの思いがきちんと伝わっていたことに感激されていました。

また、RAWはお酒のペアリングも評判ですが、昨日は特別に宜蘭のタイヤル族の「不老集落」で作ったアワ(粟)を原料にしたシャンパンもいただきました。アワを100%使用しているので、質がなかなか安定しないとのことで、完成までに二年半の歳月がかかったそうです。会場には醸造家の女性も来られていました。さっぱり爽やかな飲み心地がクセになるおいしさでした。

こちらは人気バーの「Room by Le Kief」とコラボした「Kon純米大吟醸」。発酵の過程で青森のリンゴの皮が用いられています

食事会の途中では台北在住のシンガーソングライター、馬場克樹さんも登場!「津軽海峡冬景色」をアカペラで熱唱してくださり、会場の皆様が美声に聞き惚れていました。

会場に響き渡る馬場さんの美声。

最後に、今回個人的に驚きだったのは、アンドレ・チャンさんが大のプロレスファンだったこと。アンドレさんの五日間の旅をまとめたYouTube番組の中でアンドレさんが猪木さんのお墓をお参りするシーンがあるんです。アンドレさんとプロレスが結びつかず、びっくりでした!
こちらの番組は旅に同行されたグルメ作家の高琹雯さんが制作したもので、アンドレさんのチャーミングな人柄がよく分かる内容となっています。日本語訳もあるので、ぜひご覧になってみてください。

www.youtube.com


コースはデザートを含めて全10種類でしたが、一皿一皿が驚きと発見の連続で、同時に青森への熱い思いも伝わってきました。五感で体験した青森のモノ、コト、ヒトを料理とデザートという形で昇華させているアンドレさんはアーティストそのもの。豊かな発想と尽きない探究心に圧倒されながら、青森の良さを再発見したひとときでした。

https://www.raw.com.tw/

大稲埕のヨーロピアン・バーと「月の光」。

日本人観光客にも大人気の大稲埕エリア。コロナ禍により閉業を迫られた店も少なくありません。それでも、感染者が少なければ、大勢の人たちで賑わっています。一方で、新しい店も次々と登場し、個性的な店が増えています。今回はそんなニューオープンの店の中から、お気に入りのバーを紹介したいと思います。

 

迪化街で一際目立つバロック風の装飾を施した建物。正面の壁に『屈臣氏大藥房』と記された建物は、1917年に開かれた台湾初の西洋薬局があった場所です。1996年に火災で焼失し、長らく廃墟となっていましたが、修復が進められ、現在はショップやティーサロンなどが入る複合ショップに生まれ変わっています。その中の一つが2021年にオープンしたヨーロピアン・バー『Antique Bar 1900』です。


3階に上がり、木の扉を開けると、ダークグリーンの壁と木目調のインテリアが印象的な空間が現れます。ヨーロッパの市場で手に入れたというアンティーク家具やオブジェが置かれ、1900年代初頭の華やかかりし頃のヨーロッパの風情が再現されています。迪化街の喧騒とは異なった、落ち着いた空気に包まれるはずです。

迎えてくれるのは、口髭がトレードマークのアランさん。ベルギーに長らく滞在し、欧州各地のバーを訪ね歩いた経験があると言います。「台北にはアメリカ式や日本式のバーは数多くありますが、ヨーロッパスタイルのバーはありません。ここではドリンクを提供するだけでなく、ヨーロッパの文化を広く知ってもらうため、行事や風習も紹介しています」。実際に、私が最初に訪れた日はキリスト教徒の祭日である「公現祭」に当たり、ガレット・デ・ロワをいただく儀式を初めて体験しました。



店には様々なカクテルがありますが、中でもおすすめしたいのが「アブサン」という薬草系リキュール。飲み方がユニークで、アブサンを注いだグラスに、砂糖をのせたスプーンを置きます。その後、壺から水を垂らし、砂糖を溶かして、甘さや濃さを自分で調整していきます。薄暗い光の中で水滴が輝く様子は何とも優雅な雰囲気です。

 


そして、飲み物以外にも面白いサービスがあります。それは部屋の片隅に置かれているピアノで、ドビュッシーの名曲「月の光」を弾いた方には、ドリンクを一杯サービスするというもの。

聞けば、アランさんはかつてパリに憧れていたことがあり、特に1920年頃に開設された書店「シェイクスピア・アンド・カンパニー」を訪れるのが長年の夢でした。その後、ベルギーに滞在した頃に、念願叶って訪れてみたところ、ドアを開けた瞬間から「月の光」が聴こえてきたのだそうです。二階へ上がってみると、そこには誰でも自由に弾けるピアノがあり、「月の光」を弾く男性客の姿があったとのこと。


「まるで夢のような瞬間でした」と、今でもうっとりとした表情を浮かべるアランさん。この体験が脳裏に刻まれ、それ以来、「月の光」はアランさんにとって特別な曲になったそうです。そして、自分の店でも誰かに同じような体験をしてもらいたいと、上述のようなサービスを始めたとのこと。自身の体験や感動を他者と共有したいという考えが素晴らしいですよね。

 

現在、大稲埕にはこうした音楽と芸術を愛する人たちが開いた店がいくつかあります。この街はかつて交易で栄え、多様な文化が入り込み、独自の文化を発展させてきた歴史をもちます。戦後の一時期、寂れた印象もありましたが、ここにきて、再び新たな文化が流入し、往年の空気を取り戻しているかのようにも見えます。


余談ながら、失礼ながらも私は心の中で、「『月の光』を弾けるお客さんはいるのだろうか」と思っていました。しかし、後日訪れた際、美しい音色を奏でる女性客に出会いました。歴史を刻んできた洋館で聴く「月の光」。それはより一層感慨深いものがありました。日台の往来が再開したら、「我こそは!」と思う方はぜひ弾きに訪れてみてください。きっと、そこから新たな交流が生まれると思います。

Antique Bar 1900

台湾オペラの新しい可能性を探る試み「アフロディーテ~阿婆蘭」

台湾と日本の交流を文化で紡ぐアートイベント「Taiwan Now」。そのクライマックスを飾ったのが日台共同の創作劇「アフロディーテ 〜阿婆蘭(アポーラン)」。12月25日に高雄の衛武営国家芸術文化センターで開催されたのですが、その一日前に記者や関係者へのお披露目会にお招きいただきました。

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アフロディーテ 〜阿婆蘭」は、台湾の伝統劇である「歌仔戲(ゴアヒー)」に現代芸術の要素を加えたもの。歌仔劇は「台湾オペラ」とも言われ、道教寺院の前で神様の生誕祭の時などに催されています。今回は現代芸術作家のやなぎみわ(柳美和)さんが劇本と演出を担当し、これまでにない歌仔戯の世界が創り上げられていました。

 

演じるのは、台湾南部に拠点をもつ「秀琴歌劇團」と「春美歌劇團」と「明華園天字戲劇團」の三大劇団。いずれも人気の高い劇団であるため、一年のほとんどが公演で埋まっているそうです。今回は総監督である台湾文化基金会の董事長、林曼麗さんが長年懇意にしていたことから、夢のようなコラボレーションが実現したそうです。

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歌仔戯の演者は女性のみ。舞台に上がるだけでスターのオーラを放っていました。

また、国際的なプロジェクトではつきものだと思いますが、言語面でも大変な労力を要したそうです。歌仔戯ではホーロー語(台湾語)の文語が用いられており、台湾の人でもホーロー語を日常的に使用していない人たちにとっては難しく感じるそうです。このため、舞台の脇に字幕が設けられていることもあります。

今回はやなぎさんが書いた日本語の脚本を劇作家の王友輝さんがホーロー語の脚本に翻訳し、さらに歌詞へと書き換えています。そしてホーロー語の脚本をやなぎさんに確認してもらうため、歌詞を日本語へ訳すという作業を繰り返したそうです。

台湾では戦後に中国語(北京語)が公用語とされ、ホーロー語は学校や公共の場では話すことが禁止された時代があります。王友輝さんは「歌仔戯の抑揚のある歌声の美しさ、そして長らく軽視されてきたホーロー語文学の美しさを強調した」と語っていました。実際にステージで歌い上げられたホーロー語歌曲は、歌詞の内容は分からずとも、迫力あり、胸に迫るものがありました。

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林曼麗さんと王友輝さん。 写真は財団法人文化臺灣基金会提供(攝影 / 黃宏錡、林政億)

さて、演目についてですが、「アフローディーテ」とは、かつて台東の沖にある「蘭嶼」の山中に咲いていた白い胡蝶蘭のことだそうです。台湾では発音が似ていることから「阿婆蘭(アポーラン)」と呼ばれています。現在、私たちがよく目にする胡蝶蘭は人工的に交配されたものであり、野生種はすでに幻の存在となってしまっています。

 

やなぎさんは台湾の民俗文化や自然に魅せられ、20年以上、台湾に通い続けており、実際に原生種の蘭を調べるため、蘭嶼まで足を運ばれたそうです。今回は新型コロナ禍の中、隔離期間を経て台湾で演出指導をしていましたが、お母様のご病気のため、公演を見られずに帰国。リモートで最後の最後までやり取りを続け、公演の成功を見守っていたとのことです。

 

今回の物語の舞台は、多様な花が咲き誇り、自然とともに原住民族が暮らす美しい島。ここへ蘭の調査をしている人類学者の森さん(森丑之助と想定されます)と植物学者の林さんが訪れるところから始まります。林さんがひそかに「阿婆蘭」を研究室へ持ち帰り、大きな花に改良することに成功。そこへお金に目がくらんだ商人が現れ、「阿婆蘭」の遺伝子が複製され続けることに...。最後には、クローン蘭が合唱する中、野生の蘭の小さな声ががき消されていくという物語です。

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「人間の欲と自然摂理の破壊」、「クローンが本物を淘汰する危機」など、様々なメッセージが込められているように感じましたが、同時に台湾という土地についても考えさせられました。

台湾は歴史的に幾度も異民族の支配を受けてきましたが、人々の根っこにある部分は変わりません。そして、多様な文化の影響を受けながらも自分たちの文化を作り上げていく柔軟性やたくましさがあります。これに改めて気づかせてくれる舞台でした。まさに今回の創作歌仔戯そのものがその表れとも言えそうです。

 

最後のフィナーレでは演者たちが明るく楽しく踊りながら登場。台湾の人たちの力強さやパワフルさが伝わってきて、胸の奥が熱くなりました。

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写真は財団法人文化臺灣基金会提供(攝影 / 黃宏錡、林政億)

なお、本公演のプロジェクトはコロナ前から始まっており、本来は東京オリンピックの開催に合わせ、東京駅前の広場で公演される予定だったそうです。非常に残念ですが、またいつかその日が来ることを願ってやみません。

 

最後にお知らせですが、「アフロディーテ 〜阿婆蘭」は1月8日までYouTubeにて無料配信(日本語の字幕付き!)されます。年末年始のお休みに、ぜひご覧になってみてください。

youtu.be

 

日本語パンフレットはこちらです

https://issuu.com/taiwannow/docs/taiwan_now_aphrodite_jp

 

生まれ変わる阿里山森林鉄道

阿里山の過去と未来を繋ぎ、デザインの力を加えたイベント「阿里山軸帶重塑行動」の記者会見に参加しました。

台湾を代表する観光路線、阿里山森林鉄道。度重なる災害の影響により、現在は海抜1400メートルにある奮起湖までしか運行されていません。しかし2023年の全線開通を目指し、最近は台湾の優れたデザイナーや専門家とタッグを組み、様々なリニューアルが計画されています。今回はその第一回目の成果発表会でした。
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会場は日本統治時代に東洋一の規模を誇ったという「嘉義製材所」。

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入り口の動力室の展示は「記憶.阿里山」がテーマとなっています。この建物に入った瞬間から森の香りに包まれ、小鳥のさえずりが聴こえます。真っ暗な空間の中で光るポールは樹木のように見え、五感で阿里山の森を体感できるようになっています。

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各ポールでは阿里山の百年にわたる歴史や暮らし、自然についての説明があります。日本統治時代の阿里山の集落やそこで暮らしていた人々の話なども取り上げられています。この展示を手がけているのは<築點設計>の鍾秉宏氏と学者の黃貞燕氏です。

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会場では<築點設計>が開発したグッズも販売。阿里山の山々をモチーフにしたディフューザーや霧の森をイメージした香水、阿里山産の金萱茶などがあります。

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製材所の奥には戦前に事務所として建てられた木造家屋があります。今回のイベントでは入り口に鳥居をイメージしたゲートが設置されていました。

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ここの展示は「百年鳴森」がテーマとなっています。阿里山森林鉄路の百年に渡る歴史を紹介しており、列車の部品など貴重な文物が展示されています。こちらのキュレーターは鉄道専門家の古庭維氏です。

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百年前の蒸気機関車のポンプに水を入れ、動く様子も見せてくれます。
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また、展示室では阿里山森林鉄路の新しいロゴも紹介。これは阿里山森林鉄路の車窓から見える変化していく山々が表現されています。森林鉄路が森を囲むようにデザインされており、「自然生態を大切に守っていく」という思いが込められています。デザインは<囍樹設計>の王芝齡氏が手がけています。

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そして、今回の目玉とも言えるのが、リニューアル塗装の「栩悅號」の機関車!各方面の専門家と話し合いを重ね、いくつかのプランの中から最終的に選ばれたのは<築點設計>の鍾秉宏氏が手がけたものでした。台湾特有種の鳥「アリサンヒタキ」からインスピレーションを得ており、外側は雄の青色、客車内は雌の模様とベージュ色となっています(客車は後日お披露目)。2022年春先から運用されていくとのことで楽しみですね!

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歴代の車両も展示されています(右の白いのがリニューアル塗装の車両)。

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さらに今回は訪れることはできませんでしたが、奮起湖の駅周辺の景観も整備されています。こちらは<太研規劃>の呉書原氏が手がけており、従来の自然景観と奮起湖の素朴な風情を尊重し、「できるだけデザインを加えない」という方向で進められています。駅に植えた植物も阿里山の植物生態学者である陳玉峯氏との話し合いで決めたとのことです。

今後は竹崎や神山、祝山の駅も整備されていくことで、2023年に向けて着々とリニューアル準備が進められています。「阿里山林業鉄路と文化遺産管理処」の処長である黄妙修氏は「安全を第一に、景観整備を進めていく」ことを強調されていました。

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今回のプロジェクトは阿里山森林鉄道の方やデザイナー、専門家たちは上下関係なく、フラットな立場で話し合いが進められたとのこと。式典でもステージなどは設けず、和気あいあいと親しみを感じるスタイルだったのが印象的でした。阿里山森林鉄道の経営母体である林務局と言えば、どちらかと言えば保守的なイメージがありますが、新しい風が吹き込まれている気がします。

豊かな森と幻想的な雲海、そして世界に誇る森林鉄道。阿里山は観光資源に恵まれた場所ですが、こうした試みにより今後さらに魅力的なスポットに生まれ変わっていくことでしょう。


最後に、今回のイベントのお土産をご紹介。阿里山の食材を用いたパンと阿里山森林鉄道のロゴの形をしたクッキー、そして日本酒(クッキー以外は残念ながら非売品)。パンは嘉義のベーカリー「穂悦」のもので、阿里山の特産品である高山茶や生姜、ワサビのほか、阿里山に暮らすツオウ族の人たちの食をイメージした塩漬け豚肉などが用いられています。

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日本酒は、戦時中に阿里山の二萬平に酒工場が疎開したことがあり、これを記念したものです。今後は地元のお米や水を用いたお酒を作る予定だそうです。

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こちらの記念バッジ。ぜひ商品化してもらいたいものです。

この展示会は2022年末まで開催される予定ですので、嘉義に寄る機会がありましたらぜひ覗いてみてください。

<嘉義製材所>

嘉義市東區林森西路4號
9:00~17:00
月火休園



 

クレープで生きる勇気を与える趙叔叔。

先日、版画家の楊忠銘さんに誘われ、

「 324版畫工作房 」で行われた「分享會」に参加してきました。


「分享會」とは、自分の体験や知識などを他人とシェアする集まりを意味します。

 

今回の話し手は「趙叔叔小舖」の趙鍵斌さん。

さんは10数年にわたりクレープ屋台の黃仁鴻さんと一緒に、

各地の孤児院や監獄、介護施設、過疎地の学校などを巡り、

様々な問題を抱えている人たちに寄り添い、励ます活動をされてきました。

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仕事の傍ら、今も月に二回ほどボランティア活動をされているそうですが、

現地で知り合った子供や大人たちの中にはさんとの出会いから

生きていく力をもらい、自暴自棄にならずに人生を歩んでいく方も少なくないそうです。


中でも印象的だったのは311の時の話です。この時には福島や宮城などの被災地を慰問。アメリカから出張で戻ってきたばかりでしたが、ニュースを見て、居ても立っても居られなくなり、すぐに準備を始め、3回にわたって訪れたそうです。

 

忘れられないのは、気仙沼で出会った両親を亡くした幼い少年のことだそうです。少年はクレープ屋台に来た時、自分の分だけでなく、両親の分もほしいとお願いしたのですが、両親が見当たらないので不思議に思って尋ねると、「お父さん、お母さんは海の中いる」と答えたとのこと。

少年は以前、親から自分たちを見失うことがあれば両手を振るように言われており、その言葉通り海辺へ行って手を振っていたそうです。その日、さんは一緒に海辺へ行き、手を振ったそうですが、もちろん両親は戻ってきません。
海辺まで行く際、さんは少年に台湾について聞かれ、あれこれおしゃべりしたそうです。二人で海を見ながら、少年は「もしかしたらお父さん、お母さんは台湾にいるのかもね」と一言語ったそうです。 (ちなみに、さんは日本に留学していたことがあり、日本語がとても上手です)

 

その後、仕事で大阪へ行った時には、乗り合わせたタクシーで不思議な体験をされています。運転手さんがたまたま腕の裾を上げたところ、見覚えのある数珠が目に入ったそうです。聞けば福島にいる母親が息子を心配して送ってきたとのこと。


そう、それはまさしくさんが以前、福島の避難所でプレゼントとして人々に配ったものでした。「まさかここで送り主に出会えるとは!」と運転手さんは驚き、泣きながら感謝の言葉を述べたそうです。

 

まるで映画のような奇跡の出会いなのですが、この話を聞いた楊さんが描いた絵がこちらです。

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楊さんはさんが本を出版する際に挿絵を描いたり、さんが施設や学校で配る干しブドウのパッケージの絵を描いたりもしています。この干しブドウは栄養価の高いおやつを食べてほしいとみんなに配っているそうです。

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311の際には義援金だけでなく、台湾からは多くの励ましの言葉が送られました。中には実際に被災地へボランティアへ行った方も少なくありません。私はさんのこういった活動を初めて知ったのですが、本当にたくさんの方が日本を、被災地を応援してくれていたのだと改めて思いました。

 

「なぜこういった活動を始めるようになったのですか」と尋ねた際、さんは「自分が親からもらった愛情を多くの人たちに分け与えたい」とおっしゃっていました。台湾の人たちはボランティア精神に溢れている方たちが多いのですが、このように自分が受け取った愛を誰かに送る「恩送りの精神」がベースにある方も少なくありません。私も台湾で受け取った愛や恩を誰かに返せるように見習いたいものです。

 

今回企画してくださった「 324版畫工作房 」の楊さんは、コロナ禍の生活の中で「感じたことをそのまま作品で表現したい」と強く思うようになり、版画教室の生徒さんたちと「体験をシェアする」ようになったそうです。今回も版画教室のみなさんと一緒にお話を聞きましたが、「受け取った体験をそれぞれの人たちがもつツールで表現していくようになれば」とおっしゃっていました。ツールは絵でも文でもおしゃべりでも何でもいいそうです。

 

一緒に参加した日本人の友人は「社会貢献とシェア精神にとても台湾らしさを感じる」

と言っていましたが、まさしく私も同意見で、この二つは台湾社会を構成する重要な要素だと日々感じています。

 

中には「 324版畫工作房 」へ行かれたことがある方もいるかもしれませんが、昨年からイギリス仕込みのおいしいスコーンも食べられるようになりました。ぜひ楊さんの温かい作品を見に、そしておいしいスコーンを食べに出かけてみてください。

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趙叔叔小舖
https://www.facebook.com/chaouncle

324版畫工作房

太原路97巷16號 

每週水金土13:30~18:30

https://www.facebook.com/324ps.tw/

スコーン屋さん(SCONEHOLIC)
https://www.facebook.com/sconeholic/

 

 

淡水河の歴史に思いを馳せる茶会

淡水にある個性的なティー・レストラン「之間 茶食器」が主宰した船上茶会。「月河茶會」は淡水河で月を愛でながら台湾茶を味わうという、なんとも風流な企画です。

今回は淡水に暮らす版画家の楊忠銘さんにお誘いを受けて参加してきました。毎年、中秋節あたりに開催しているそうなのですが、今年はコロナのために一般参加者は募らず、楊さんが開いている版画教室の生徒のために特別開催されたとのこと。せっかくの機会なのでその様子をレポートしたいと思います。

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版画家の楊忠銘さんと「之間 茶食器」のオーナーである小瀛さん。
この日のドレスコードは「白」でした。

台北の発展の礎になった淡水河。かつては沿岸の大稲埕や淡水が水運で栄えた歴史をもち、この河を下って様々な物資が運ばれていました。

「之間 茶食器」のオーナーによれば、淡水では日本統治時代の1921年に「中越丸」という船を貸し切り、百名規模の月見会が催されたとのこと。地元の名士である中野金太郎氏が取り仕切り、芸者も呼び、美酒美食と名月を楽しんだそうです。その様子は「臺灣日日新報(漢文版)」に記録が残っています。

これがこの茶会のヒントになったとのこと。百年前に日本人が船上月見会を催していたことには感慨深いものがありますね。

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当日は淡水に近い關渡の埠頭から乗船予定でしたが、ちょうどこの日に軍事演習が行なわれることになり、急きょ、大稲埕埠頭に乗り場が変更。当初は16時半に出航予定でしたが、潮が満ちていないことから、1時間以上遅れることに。しかし、このハプニングのおかげで大稲埕埠頭に停留したまま淡水河に沈む夕陽をゆっくりと愛でることができました。

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「之間 茶食器」のもう一人のオーナーであるEasonさんがお茶を振舞ってくれました。

「之間 茶食器」は台湾茶と地元の食材を用いて、淡水の歴史や文化、風土を表現するというコンセプトのレストラン。この日も、淡水河の歴史に思いを馳せられるスペシャルなメニューが用意されていました。ちなみに、オーナーの小瀛さんとEasonさんはデザイナーであり、随所に徹底した美意識が感じられます。

まずは大稲埕埠頭でいただいた「翠峰清泉」という名のドリンク。これは淡水の三空泉という山の湧き水に台湾原生種の菊を加えたもの。さっぱり爽やかな甘さで、汗がスーッと引いていきました。

この時に渡されたのが楊忠銘さんが製作した特別チケット。古い油紙を用いた封筒の中にはメニュー表が入っており、楊さんの版画と「月河」と題する詩も印刷されていました。楊さんは太原路に「 324版畫工作房」というアトリエを構え、ショップも併設しています。

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乗船した後にいただいた最初の台湾茶は「観音山柚子。坪林包種」。台湾北部に位置する坪林産の包種茶に、淡水の対岸の観音山で採れた文旦の花を加えたもの。

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茶菓子は「水中月」という詩情溢れる名前。お椀の中には、八里産の文旦とチーズを用いた餡入りの満月の形をしたお菓子、その周りに水面に見立てたコーヒーゼリーと寒天ゼリーが入っています。

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甲板から夕陽を見送ると、いよいよ潮が満ち、出発。この時に出されたのが「水鼻仔花蜜。紅韻紅茶」。これは台湾産の紅茶に蜂蜜を加えたもので、蜂蜜は淡水河の岸辺に生い茂るマングローブの花の蜜とのこと。生産量が少なく、とても稀少なものだそうです。
 

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その後、二階に上り、夜空に浮かび上がる橋の下をくぐりながら味わったのは東方美人茶。ご存知の方も多いかと思いますが、かつて英国のビクトリア女王が水中に舞う五色の茶葉に感動し、「オリエンタル・ビューティー(東方美人)」と名付けたという逸話があります。一説には女王が東方美人茶にブランデーを少し加えて飲んだとも言われ、この日はその粋な飲み方を再現。静かな川面と輝く月を眺めながら、グラスに入った琥珀色の液体を味わうのは至福のひとときでした。


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良質なお茶を堪能した後は、船内で特製弁当をいただきました。炊き込みご飯の上にのっているのは金箔入りのジャスミン茶ゼリー。金箔を用いているのは、かつて台湾茶が重要な経済源であり、「茶金」と呼ばれていたことに由来。さらに淡水の名物である「鉄蛋(醤油で硬く煮込んだ卵)」や「阿給(厚揚げに春雨を詰め、魚のすり身で閉じたもの)」をモチーフにした料理のほか、淡水近郊の三芝産の山芋や金山産のカボチャなど、地元の素材もふんだんに用いられていました。

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食後は、木柵の鉄観音茶で作ったシロップをフランス産の炭酸水で割ったものを味わいました。これは淡水の清水祖師廟が「鉄観音茶の神」であったこと、そして淡水は清仏戦争の舞台の一つだったことにちなんだメニューなのだそうです。

最後にお土産として「之間」のロゴでもあるウサギの形をしたキャンディーと、文旦風味のピールがプレゼントされました。

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一つ一つのお茶と料理、お菓子にそれぞれストーリーがあり、味わい深さはもちろんのこと、淡水の歴史や風土に絡めているのがとても印象的でした。しかもこれらは一夜限りのメニューであり、そのこだわりには並々ならぬものを感じます。
そして何より、「之間」のオーナー二人と楊さんの淡水に対する熱い思いがひしひしと伝わってきて、忘れがたい船旅となりました。コロナが明けたら一般参加者を募集するとのことなので、改めてお知らせできればと思います。

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淡水河の橋の下をくぐるのも貴重な体験です。

之間 茶食器
新北市淡水區中正路330號
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