新竹県新埔に位置する『The One南園人文客棧』。高鐵新竹駅からは車で約20分、台北からは車で約1時間半の距離。鬱蒼とした緑に囲まれ、「朝日がどこから昇るかが分からない」といわれるほど山深い場所にあります。まさに「仙境」という言葉がふさわしい場所。
CMや雑誌にも登場したオリエンタルな建物。
知る人ぞ知る隠れ家的な宿ですが、2016年には台湾観光局(当時)の長澤まさみさんを起用したプロモーションビデオに登場。さらに2024年にはCREA台湾特集の表紙を飾ったこともあります。
27ヘクタールという広大な敷地には、江南式の庭園や閩南(中国福建地方南部)様式の建築、バロック風の回廊などがあり、そのスケール感と壮麗さにはただただ圧倒されてしまうばかりです。
ここは元々は1985年に大手新聞である「聯合報」の創設者、王惕吾氏が隠居用に建設した邸宅で、会社の保養所として利用されていた時期もありました。2007年からライフスタイルブランド<The One>が運営を手掛け、2008年にホテルとして一般開放されたという経緯があります。
設計を手がけたのは「台湾の建築の父」といわれる漢寶德氏。台湾の建物の近代化を進め、かつ伝統建築の調査・研究に尽力した人物であり、ここでもモダンな建築スタイルが取り入れられています。
CEOである劉邦初さんはハイテク企業の経営者。台湾の風土と文化を伝えることに使命感を抱き、20年前に<The One>を創業。「ローカルこそグローバル」という言葉を掲げ、地域の魅力を掘り下げ、世界に広めていく取り組みをしています。
今でこそ台湾各地で地域創生が盛んに行なわれていますが、20年前はまだまだ珍しい存在。こうした動きの先駆者と言えます。
ディープな文化体験コースが開始!
今年は20周年という節目にあたり、「異數悦遊(非日常的な空間で心から楽しく遊ぶ)」というプロジェクトを始動。郷土文化をより深く知ってもらうため、「地酒」「中華菓子」「コーヒー」「器」「工芸品」といったテーマ別の体験コースが用意されています。
講師となるのはそれぞれの分野のプロフェッショナル。ゆったりとした時間が流れる中で、とっておきの学びの体験ができます。
地酒からこの島の豊かさを知る。
私たちが体験したのは「地酒」コース。講師は台北市内で『The Herbal 香草窗』というバーを経営するバーテンダーの侯力元さん。
この日は台東に醸造所を構え、国際的な大会で評価されている<東太陽製酒>のクラフトジンをテイスティング。台湾原住民族が用いるレモングラスのようなスパイス「馬告」や山椒のような「刺蔥」のほか、東京食品展で好評だったというパクチー(香菜)を用いたものなど。どれも驚くほど香り高く、すっきりとした飲み心地。
また、侯力元さんが<東太陽製酒>と一緒に手がけたお酒もあります。一つは、台東産の手摘みの桑の実、苗栗産の三湾梨、台中産の桃を用いたフルーツ酒「胭脂扣」。もう一つは、台東県鹿野産の紅烏龍茶を浸け込んだ梅酒「鹿野」。ほのかな甘さでまろやかな風味。飲みやすく、あっという間にグラスが空いてしまいました。
「地酒」コースにはサツマイモ焼酎で知られる「恆器製酒」のオーナー、羅已能さんによるテイスティング講座もあります。羅さんは台湾らしいお酒を作ることに並々ならぬ情熱を抱いている醸造師で、新作はなんと椪柑(ポンカン)、桶柑(タンカン)、茂谷柑という3種類の柑橘を用いたもの。甘酸っぱさの中にほろ苦さがあり、格別な味わいでした。ここで販売もされています。
バラエティに富んだコースが充実。
「器」コースでは<森雨制陶>の創業者である劉森雨さんが講師となり、暮らしの中での器の楽しみ方をお話ししてくださいました。劉さんは元々は出版社に勤めていましたが、退職後、趣味で陶芸を始め、現在は淡水に工房を構え、作品作りをしています。<The One>の食器の一部には劉さんの作品が使われています。
そのほか、台中発の中華菓子店「喜豐香1985」の二代目である黄可欣さんと陳建達さんによる「中華菓子と東方美人茶と一緒に味わうひととき」、雲林県莿桐郷にある小さな農村でコーヒー文化を普及する「芒果咖啡」の店主・廖思為さんによる「コーヒーの旅」、竹編みなどで知られる「本質創作室」のオーナーである李雅靖さんによる「工芸品の手作り体験」など。〈The One〉こそ実現できる素敵な講師陣が揃っています。
台湾の風土と文化を表現した創作料理。
<The One>と言えば、小規模農家から仕入れた自然に優しい食材を用いた創作料理でも知られています。
今回の夕食のテーマは「タレ(醤)」。台湾の料理はタレや醤油が味付けの肝になっており、地域によって異なる風味の醤油があるほど。新埔は客家系住民が多く暮らす土地であり、ここでも客家の食文化が取り入れられています。
たとえば、前菜のタコ料理には、台湾北部の客家人が愛用する「桔醤」という柑橘ソースを使用。
台湾南部の客家集落、屏東県内埔でおやつとしてよく食べられる「海老粄(海老のかき揚げ」をアレンジしたものも登場。こちらは自家製の発酵チリソースとパイナップル風味の豆板醤といった辛味と酸味と塩味、甘味が混ざり合った独特なタレでいただきます。
メインは芸彰牧場の牛フィレ肉。牛をこよなく愛するエンジニアの方が飼育環境を改善するために開いたユニークな牧場の肉で、一週間から二週間かけて熟成させています。こちらは沙茶ソースに塩漬けレモン汁を加えた特製タレが添えられています。
デザートには客家名物である「牛汶水」という餅デザート。これは新竹県関西の特産である仙草(ハーブ)と伝統製法を守り抜く<民生食品工廠>の醤油を混ぜたタレで味わいます。
朝も地のものを用いたヘルシーな朝食。
朝ごはんもバラエティ豊か。まずは<本草堂>の手作りのアマニオイルをひとさじ。トーストはベーカリー<呉寶春>によるもので、低温圧搾された黒ゴマ油や嘉義県「洲南鹽場」の塩の花などが原料に用いられています。また、特産品であるポンカンの蜜漬けも入っています。
メインは高温で焼き上げたナンヨウアゴナシという魚料理。これには添加物を一切使用しない<山坡上的小厨房>の柑橘系ジャムが添えられてます。
最後は海鮮入りの水餃子。こちらは自然農法で栽培された包種茶のスープと一緒にいただきます。
ドリンクには<芒果咖啡>のオーナーが『The One南園人文客棧』の庭園をイメージして特別に焙煎したというコーヒーと、野山を分け入って研究を重ねる〈三玉號〉の野草茶を用いたミルクティーを選べます。
細部までこだわり抜いたメニューにはオーナーやシェフたちの心意気が感じられます。
メディア向けイベントでは新竹名物が盛りだくさん。
今回のイベントでは新竹名物がたくさん用意されていました。東方美人茶で煮込んだ卵や切干大根入りの草餅、チマキ、干し柿やミニトマトなど。
中でもシナモン風味の丸いパンのような「水潤餅」は格別なおいしさ。「水潤餅」は現在、作り手が減り、一軒しか専門店がないとのこと。<The One>にはこうした時代とともに消えゆく味を応援したいという気持ちがあるそうです。干し大根入りのクリームが添えられており、このクリームが予想外のおいしさで、持ち帰りたくなりました。
「水潤餅」自体は新竹市内で購入できますのでぜひお試しを。
くつろぎのラウンジと大きな湯船がある客室。
夜はラウンジでサツマイモ焼酎や紅烏龍風味の梅酒をいただきながらレコード鑑賞。天井の高いラウンジに重厚な音色が響き渡ります。
広々とした客室はベッドルームとバスルームに分かれ、ベッドは小上がりの板の間に置かれており、まるで自宅にいるかのような安らぎを覚えます。丸い湯船も大きく、ポットに入った薬草茶を加えられ、ゆったりと足を伸ばしながら薬浴を満喫できます。
晴れた日はもちろんのことですが、雨の日も霧の日も風情が感じられる『The One南園人文客棧』。台北からちょっと離れるだけ仙郷にワープしたかのような気分になります。今年は日帰りプランが充実しているので、この機に出かけてみてはいかがでしょうか。
ちなみに台北市内の中山北路には『The One生活概念店』というコンセプトストアがあります。こちらは干し大根や醤油などのオリジナル食品を販売するほか、創作料理レストランやカフェもあります。新竹まで訪れる時間がないという方はまずはこちらを覗いてみてください。
文:片倉真理、写真:片倉真理・佳史
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日帰りプランは2種類
【南園拾樂】12:00~16:30
庭園散策および体験コース「コーヒの旅」「中華菓子と東方美人茶の賞味」
✳︎他のコースも今後開催される予定です。
【雅叙南園】
10:30~16:30
おもてなしのお茶、庭園ガイドツアー、山と海の幸を用いたランチ、フリータイム。
いずれも平日は2200元+10%、休日2400元+10%
宿泊の場合は一泊二日は平日 16800元+10%/晩、休日18800+10%/晩。
オフィシャルサイトはこちら。