片倉真理の台湾探見

日々の取材体験や日常の出来事を綴りながら、台湾の魅力を分かち合いたいと思います。

淡水河の歴史に思いを馳せる茶会

淡水にある個性的なティー・レストラン「之間 茶食器」が主宰した船上茶会。「月河茶會」は淡水河で月を愛でながら台湾茶を味わうという、なんとも風流な企画です。

今回は淡水に暮らす版画家の楊忠銘さんにお誘いを受けて参加してきました。毎年、中秋節あたりに開催しているそうなのですが、今年はコロナのために一般参加者は募らず、楊さんが開いている版画教室の生徒のために特別開催されたとのこと。せっかくの機会なのでその様子をレポートしたいと思います。

f:id:formosamari:20211119231906j:plain

版画家の楊忠銘さんと「之間 茶食器」のオーナーである小瀛さん。
この日のドレスコードは「白」でした。

台北の発展の礎になった淡水河。かつては沿岸の大稲埕や淡水が水運で栄えた歴史をもち、この河を下って様々な物資が運ばれていました。

「之間 茶食器」のオーナーによれば、淡水では日本統治時代の1921年に「中越丸」という船を貸し切り、百名規模の月見会が催されたとのこと。地元の名士である中野金太郎氏が取り仕切り、芸者も呼び、美酒美食と名月を楽しんだそうです。その様子は「臺灣日日新報(漢文版)」に記録が残っています。

これがこの茶会のヒントになったとのこと。百年前に日本人が船上月見会を催していたことには感慨深いものがありますね。

f:id:formosamari:20211119094337j:plain


当日は淡水に近い關渡の埠頭から乗船予定でしたが、ちょうどこの日に軍事演習が行なわれることになり、急きょ、大稲埕埠頭に乗り場が変更。当初は16時半に出航予定でしたが、潮が満ちていないことから、1時間以上遅れることに。しかし、このハプニングのおかげで大稲埕埠頭に停留したまま淡水河に沈む夕陽をゆっくりと愛でることができました。

f:id:formosamari:20211119094700j:plain

「之間 茶食器」のもう一人のオーナーであるEasonさんがお茶を振舞ってくれました。

「之間 茶食器」は台湾茶と地元の食材を用いて、淡水の歴史や文化、風土を表現するというコンセプトのレストラン。この日も、淡水河の歴史に思いを馳せられるスペシャルなメニューが用意されていました。ちなみに、オーナーの小瀛さんとEasonさんはデザイナーであり、随所に徹底した美意識が感じられます。

まずは大稲埕埠頭でいただいた「翠峰清泉」という名のドリンク。これは淡水の三空泉という山の湧き水に台湾原生種の菊を加えたもの。さっぱり爽やかな甘さで、汗がスーッと引いていきました。

この時に渡されたのが楊忠銘さんが製作した特別チケット。古い油紙を用いた封筒の中にはメニュー表が入っており、楊さんの版画と「月河」と題する詩も印刷されていました。楊さんは太原路に「 324版畫工作房」というアトリエを構え、ショップも併設しています。

f:id:formosamari:20211119094410j:plain


乗船した後にいただいた最初の台湾茶は「観音山柚子。坪林包種」。台湾北部に位置する坪林産の包種茶に、淡水の対岸の観音山で採れた文旦の花を加えたもの。

f:id:formosamari:20211119094422j:plain


茶菓子は「水中月」という詩情溢れる名前。お椀の中には、八里産の文旦とチーズを用いた餡入りの満月の形をしたお菓子、その周りに水面に見立てたコーヒーゼリーと寒天ゼリーが入っています。

f:id:formosamari:20211119095124j:plain


甲板から夕陽を見送ると、いよいよ潮が満ち、出発。この時に出されたのが「水鼻仔花蜜。紅韻紅茶」。これは台湾産の紅茶に蜂蜜を加えたもので、蜂蜜は淡水河の岸辺に生い茂るマングローブの花の蜜とのこと。生産量が少なく、とても稀少なものだそうです。
 

f:id:formosamari:20211119094434j:plain


その後、二階に上り、夜空に浮かび上がる橋の下をくぐりながら味わったのは東方美人茶。ご存知の方も多いかと思いますが、かつて英国のビクトリア女王が水中に舞う五色の茶葉に感動し、「オリエンタル・ビューティー(東方美人)」と名付けたという逸話があります。一説には女王が東方美人茶にブランデーを少し加えて飲んだとも言われ、この日はその粋な飲み方を再現。静かな川面と輝く月を眺めながら、グラスに入った琥珀色の液体を味わうのは至福のひとときでした。


f:id:formosamari:20211119094451j:plain


良質なお茶を堪能した後は、船内で特製弁当をいただきました。炊き込みご飯の上にのっているのは金箔入りのジャスミン茶ゼリー。金箔を用いているのは、かつて台湾茶が重要な経済源であり、「茶金」と呼ばれていたことに由来。さらに淡水の名物である「鉄蛋(醤油で硬く煮込んだ卵)」や「阿給(厚揚げに春雨を詰め、魚のすり身で閉じたもの)」をモチーフにした料理のほか、淡水近郊の三芝産の山芋や金山産のカボチャなど、地元の素材もふんだんに用いられていました。

f:id:formosamari:20211119094509j:plain


食後は、木柵の鉄観音茶で作ったシロップをフランス産の炭酸水で割ったものを味わいました。これは淡水の清水祖師廟が「鉄観音茶の神」であったこと、そして淡水は清仏戦争の舞台の一つだったことにちなんだメニューなのだそうです。

最後にお土産として「之間」のロゴでもあるウサギの形をしたキャンディーと、文旦風味のピールがプレゼントされました。

f:id:formosamari:20211119100538j:plain


一つ一つのお茶と料理、お菓子にそれぞれストーリーがあり、味わい深さはもちろんのこと、淡水の歴史や風土に絡めているのがとても印象的でした。しかもこれらは一夜限りのメニューであり、そのこだわりには並々ならぬものを感じます。
そして何より、「之間」のオーナー二人と楊さんの淡水に対する熱い思いがひしひしと伝わってきて、忘れがたい船旅となりました。コロナが明けたら一般参加者を募集するとのことなので、改めてお知らせできればと思います。

f:id:formosamari:20211119095315j:plain

淡水河の橋の下をくぐるのも貴重な体験です。

之間 茶食器
新北市淡水區中正路330號
https://www.facebook.com/BetweenTeaHouse/